前回このような内容をご紹介しました。
★具体的には食パンやブレッド類でよく見かけるのがケービングしている(クニャッと折れ曲がってしまう)、下部が潰れている、サイドが白く上部が黒い、山の大きさが違う、大きな穴が空いている、上部がバキバキのツルツルになっている、型いっぱいに伸び切っていない(四角い食パンなのに上部が丸い)、スライスが汚い・・・
★小物のパンではトッピングの量が違う、マヨネーズのかけ方がバラバラで汚い、焼色が毎日違う、大きさが毎日違う、フランスパンなどでは、それぞれの長さが違う、クープが割れたり割れなかったりしている、大きさが毎日違う、焼色も毎日違う・・・
★デニッシュやクロワッサンでは、層がきれいに出たり出なかったりする、トッピングが落ちてしまう、大きさがまちまちである、焼色が毎日違う・・・
などなど、どこのパン屋さんであってもいつもこれらと同類のことで頭を悩ませていることだけは間違いないでしょう。
いや、技術力にとても自身のある個人店、あるいは有名店ならばその限りではないかもしれませんけどね。
どんなに自分に技術があっても、それをチーム全体で統一していくことはとても難しく、こっちを直している間にあっちで問題発生・・・といった感じで、何かしらの問題を常に指摘し続けている毎日なのではないでしょうか。
「なぜ自分達自身で問題意識を持って改善していくことが出来ないのだろう」そう思う責任者の方も多いのではないでしょうか?
「究極的には自分の指導力不足だとは思うのだが・・・」これでもかと言うほど説明し、ミーティングや勉強会なども行い、講習会などにも参加させているのにもかかわらず、一向に成長が見られないスタッフ・・・いったいどうすれば・・・
とお悩みではありませんか?
痛いほど良く解ります。
と言うよりも、日々そのことに内心腹を立てている、イライラしている自分がいます。
もちろんそれを顔に出したり、きつく当たるようなことはしていないつもりですが、「なぜこんなことが理解できないのだろう」という気持ちは持ってしまいますから、相手にはそれが伝わるかもしれず、「本当は伝わってほしい」「そしてならば・・・と奮起してほしい」というのが本音ではあるのですが、なかなかこちらの気持ちは伝わらないようです。
問題が起こるたびに、パン作りについて熱く語ってしまう訳ですが、中には話の最中に平気で腰を折るスタッフもいて、なんとも必死になっている自分の立ち位置が「あれっ、この温度差はなんだ」となり、撃沈してしまうのでした。
人それぞれに対して指導方法というものは違ってしかるべきだとは思うのですが、意思疎通というのは本当に難しいですよね。
中でも特に頭を悩ませてくれるタイプがいるのですが、あなたの周りにはいませんか・・・そう、何を話してもキョトンとしている人。
「あの~ちょっとトイレ・・・いいですか?」みたいに話の腰を折り、戻ってきてもまるで何事もなかったかのようにいつも通りの人。
どんなに食パンがケービングしていようが、どんなに焼色が真っ黒になろうが、どんなにホイロオーバーで潰れてしまっていようが、爽やかに「すいませ~ん」と言うだけの人。
どうしたら次回からそうならないようにできるのかを聞きもせず、考えてる様子もなく、何度も何度も同じ粗悪品を生み出してしまう人。
そして、本来それは売上になるはずのものが廃棄となり利益を圧迫するだけではなく、欠品によってお客様にも迷惑をかけるわけですから、少なくともすみませんだけで済ませるべきものではないはずです。
「なぜそうなったのか」の原因を見つけて速やかに対処しなければ、以後もまた同じことが起こる可能性がありますから、責任者に聞く、自分なりに調べるなどして「そのまま明日を迎えない」ということが重要だと思うのです。
もちろん本人だけの問題ではありませんよね。
当然責任者こそがその事実を改善なしに翌日に回すようなことはあってはならないわけです。
がしかし、このお店では言い方は悪いかもしれませんが「角が立つ」ようなことは慎む人達で構成されているお店なのでした。
そんなお店の、あるオーブン担当者の話を通して今回のテーマに触れていきたいと思います。
私と彼女との会話はいつもこんな感じになります。
私「今日の食パンはほんの少し温度が低くて元気が無いので、ホイロ長めでよろしく」
彼女「何分くらい追加すればいいですか?」
私「これちょっと白いよ、もう少し焼こう」
彼女「あと何分焼けばいいですか?」
私「ちょっとこれホイロ早くない」
彼女「いつもと同じ時間やりましたけど」
私「そんなにショックを与えたら潰れてしまうと思わない」
彼女「こう教わったので・・・じゃあお願いします」
すべての会話がこんな感じなのです。
まず最初の食パンに関しては、要点は温度が低くて元気がない生地であるということです。
本来はホイロに入っている生地を見れば解るだけのことだと思うのですが、彼女はそういうことを日頃から全く気に留めていない人なので、あえて情報として伝えているのです。
何分ホイロの時間を追加すれば良いかは生地の状態を見て決めなければならないのがオーブン担当者の務めでありそれが技術のはずです。
その部分を任せられないのだとしたら、もうその人は焼き立てパン屋では通用しません。
何分でどのように焼くというのは機械にインプットすべき情報なのであって、我々が行わなければならないのは経験則による判断なのです。
それはすなわち時間ではないのです。
仮に時間で教えていたとしたら、彼女は時間通りにオーブンからだしてしまうでしょう。
それが例え焼きが甘かろうが焼き過ぎであろうがです。
ホイロも何分でと言ったら時間通りに出して焼くことでしょう。
例え坊主頭の食パンになろうが航空母艦になろうがです。
オーブン担当というのは、それまでの製パンプロセスの最終仕上げなのであり、美味しそうに見えるかどうか、実際の味や風味がどうなるのかを決定づけるとても重要なポジションです。
もっと言うなら、その日の生地状態を最終的に判断して、仕込み担当者や成形担当者に対してダメ出しができる、総合評価ができるポジションでもあるのです。
「最近寒いせいか元気がないから、捏ね上げ少し高くしようか」とか、「これパンチはもう少し強めにして」とか、「成形さん、もう少しソフトにお願い」とか、ホイロの状態を見ながらそれぞれのポジションにおける役割と改善点をただちに修正することができるのも本来はオーブン担当者の使命であると私は思っています。最終判断を的確に行いながら、改善点を速やかに全員と共有することはとても重要であると考えます。
責任者が成形にいて、生地の状態を見極めながら仕込み担当者に指示を出し、オーブン担当者にも焼き方などの指示を出すというポジショニングも多いと思いますが、数あるパンを的確にチェックするには自ら焼くことの方が合理的です。
なぜなら、ほんの少しの違いが香りとなって、焼色となって現れるからです。
全員がそれなりの技術力を持って作業にあたっているはずですが、それでも最終的には焼いてみないことには想像することしか出来ません。
焼いてみてはじめて、それらの判断が合っていたのか間違っていたのかの結論が出るわけです。
焼色などの好みというのは人それぞれ若干の違いがあり、会社や組織の方針みたいなものもあることでしょう。
しかし、それは生地の状態がベストの時とそうでない時の焼き色の違いとは別物のはずです。
過発酵のパン、あるいは明らかに生地に元気がない時の焼色というのは、あとどれ位焼けばいつも通りになるということとは違って、完全に修正できるものではありません。
完全に修正したいのであれば、ホイロに入れる前の段階に行う必要があり、ホイロに入ってしまったらあとはオーブン担当者に委ねるしかないのです。
焼き立てパン屋のオーブン担当というのは、それほど重要な役割を担っていると思うのです。
しかしです、私の知る限りオーブンほど新人に任せるパン屋さんが多く、それを新人教育だとお考えの人もいるようです。
「オーブンは新人が行っていて、技術と知識不足の先輩がすべてオーブンの責任にしてしまう」なんて光景もざらにありますけどね・・・
どのポジションから教えること、覚えてもらうことが最適なのかについては私には正解はわかりません。
あえて言うならどのポジションからでも育つ人は育つと言えるでしょう。
いえ、もっというなら、責任者の技術がイマイチであるとしても、育つ人は育つでしょう。
このような言い方をすると人をバカにしているように聞こえるという人もいるかも知れませんが、あくまで個人的な意見ですので気に入らなければ無視してください。
これが私の結論です。
どんな世界にも向き不向きがあるのは確かです。自分に何が向いているのかがわかっている人は幸せかもしれませんし、事実今の職場で必要とされていることでしょう。それなりのポジションにいて、日々何かに立ち向かっていることでしょう。反して自分に何が向いているのかに迷っているような人は、それが何なのか見つける旅を続けていかれることでしょう。いくら楽しく仕事ができていると自分では思っていたとしても、結果的に不利益しか産まないのだとしたら、その事実をスタッフが言い出せないでいるのだとしたら、改革なんて夢のまた夢だと思います。
話を戻します。
先程のオーブン担当者の彼女というのは勤務年数5年らしく、その間ずっとオーブンを担当しているようなのです。
けして自分を全面に出さず、控えめで礼儀正しいそれはそれは心優しい女性です。
「奥さんにするならこんな感じの人がいい」と多くの男が思うであろう素敵な女性なのです。
しかし私はあえて彼女に言いました。
「もし製パンを勉強する気がないのなら、別の仕事を探してみてはいかがでしょうか」と。
私は多くの女性達と仕事をしてきましたが、必ずといってよいほどこの手のタイプの方がいらっしゃいました。
そしてその多くが心優しき女性たちであり、人間的には私などと比べることが出来ないくらい素敵な人達でした。
ただ一点だけ、「パン屋の仕事には向いていない」そう言わざるをえない人達なのでした。
先程の会話のやり取りでおわかりのように、指示を受けたことを誠実に行うのがパン屋の仕事ではないのです。
自らが考えて行動する集団でなければ、パン屋の品揃えの多さ、一つとして止まることのない発酵、日々の状況の変化に対応していくことは不可能なのです。
このパンの品質はどれが一番正しいのかというようなことについて、ぶつかり合うことが大切なのであり、時間、温度、湿度、天候、それらを常に気にかけ、そして何より発酵状況を理解し管理し、限りなく最善に近づけるための努力を毎日毎日繰り返さなければならない、そんな過酷な仕事なのです。
全員が前面に出まくらなければ出来ない仕事なのです。
彼女を攻めるつもりはまったくなく、むしろ向いていない仕事をずっとやらせてきた責任者に怒りを覚えます。
「何回言っても何一つ改善できないので困っています」とは責任者の言葉ですが、そっくりそのままお返しいたします。
売上が低迷している、品質が定まらないなどのまさに変革が必要なお店というのは、かならずこのような「スタッフの質」に問題があります。
それはそうですよね、手作りパン屋さんというのはどのようなパン職人で構成されているのかによってすべてが決まってしまうのですから。
優秀なパン職人が人を育てることもうまいとは限らず、優秀なパン職人だから責任者に向いているとも限らず、優秀なパン職人だけを集めたからと言って良いチームになるとも限りません。
素人同然のようなパン屋さんでも人気のあるお店はたくさんあるのです。
どんなスタッフで構成されているかによって、全く違う道を進むことになるのが焼き立てパン屋の定めなのであり、それが嫌なら自分一人で行うしかないのです。
仲良しこよしで運営していけるならこんなに楽しいことはないかもしれませんが、何故かパンという食べ物はそれを許してはくれないようです。
きちんと不安定になって売上に響いてくるのです。
だからこそ、「まだ教わってないから」とか「きちんと習っていないので」と言いながら、自ら勉強してチャレンジして反省して次こそは・・・と奮起出来ないようなタイプの人には、焼き立てパン屋の仕事は非常にハードルが高いと言わざるを得ず、責任者はどのような人達とどのようなチームを作っていけるかを一番に念頭に置き、厳しくも温かい、そして楽しみながらも譲らない、ダメなものはダメと言える職場環境にしていくことがもっとも重要なのではないかと思う次第です。
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最終更新日 : 2022-04-25